番外編:黒船来航③ その時、彼らは(幕府・長崎・薩摩)
番外編:黒船来航④ その時、彼らは(海上・オランダ・佐久間象山)
前話:黒船来航② ニセ副奉行・中島、がんばる【黒船来航1日目】
- 与力の中島くんがニセ副奉行として黒船へ
- 黒船の人「アメリカ大統領からの手紙を超偉い人に渡したい!」
- 中島くん「ここじゃ外国の人と話せないの。長崎行って!」
- 黒船の人「無理! それより警備の船どかさないと大砲ぶっぱなす!」
- 中島くん帰って本物の奉行に報告
- 明日は同じ与力の香山くんが“もっと偉い人”として黒船に行くことに
- 黒船が空砲ぶっぱなす
もくじ
黒船で待っていたもの
嘉永6年6月4日――
夜が明けると、浦賀奉行所の与力たちは気合を入れて2艘の船に乗りこみました。
浦賀の責任者のふりをすることになっている香山くんには、昨日中島くんと一緒に黒船に乗りこんだ堀くんの他、もう1人通訳がつきます。
いざ黒船へ
朝7時、香山くんを乗せた船がペリーさんの乗る黒船に横付けにされました。
あのー、この人が浦賀の責任者っぽい感じの人なんですけど、乗っちゃっていいですかね?
堀くん
黒船の通訳
えー本当? 昨日はさー、浦賀の一番偉い人は外国の船に乗っちゃいけない決まりだって言ってナカッタ?
あはは、やだなぁ。とにかくこの人、ホントにめっちゃ偉い人だから。確実に昨日の中島より偉いから、ね?
堀くん
黒船の通訳
ふーん。まあいいけど。
ちょっとボスにきいてくるから待ッテテー
しょっぱなからバレそうになって焦る堀くんでしたが、香山くんの堂々とした態度とゴージャスな絹の羽織を見て、黒船の人たちも「あ、この人きっと昨日の子より偉い人だわー」と信じてくれたようでした。
黒船の通訳
なんか本当に偉い人っぽいし、乗っていいヨー
あー良かった。香山さん、乗りますよー
堀くん
おう。じゃあ行こうか
香山くん
コンティ大尉
イラッシャーイ。
昨日、副奉行の方と話したコンティ大尉デス
ブキャナン艦長
コンティ大尉より偉いブキャナン艦長です
アダムス参謀長
もっと偉いアダムス参謀長です
浦賀の責任者っぽい立場の、香山栄左衛門(かやまえいざえもん)と申す
香山くん
ペリー提督は相変わらず姿を見せませんが、黒船軍団の偉そうな方たちが3人でお出迎えしてくれました。
たじろぐこともなく堂々と受け答えをする香山くん。黒船の面々も、昨日の中島くんの時とは対応が違います。
そんな感じで交渉がはじまりました。
がんばる香山くん
単刀直入に言っちゃうけど、昨日中島が預かってきた話、あれやっぱり無理なんですよー。日本の法律で、ここで外国の人たちから何か受け取ったり、大事な話するのは禁止されてますもん。
それにね、もしここで受け取ったとしても、どうせ返事は長崎でしかできないの。だから最初から長崎に……
香山くん
ブキャナン艦長
行かない
アダムス参謀長
うん、行かないな
コンティ大尉
はい、行くわけがないです。
ペリー提督は絶対ここでお手紙渡しマス
いやいやいや、何勝手に決めてるんですか。
いいですか、ここは日本でしょ。日本の、法律で、ダメって決まってるの。だから諦め……
香山くん
ブキャナン艦長
るわけないだろ
アダムス参謀長
うん、ないな
コンティ大尉
はい、ありえないです。
ペリー提督はアメリカ大統領からの命令で来てますから、将軍に直接お手紙を手渡す義務があるんデス
義務だろうが何だろうが、とにかく無理なもんは無理なんですよ。先祖代々のずーっと昔からの法律なんですから。ね、長崎行きましょうよ
香山くん
ブキャナン艦長
そこまで言うなら仕方ないな
アダムス参謀長
ああ。自力で上陸して、江戸まで将軍に会いに行くしかないけど仕方ないよな
コンティ大尉
はい。この船に積んである武器、使うことになっちゃっても仕方ないデース。
ワタシタチがここに来ることは前もって幕府に連絡してありますから、追いはらうなんて許しまセーン
ちょ、なにサラッと物騒なこと言ってんですか!
まあでも、わかりましたよ。江戸に聞いてみますから、返事がくるまで4日くらい待ってくださいね
香山くん
ブキャナン艦長
4日?
アダムス参謀長
この船なら1時間で行けるのに、4日?
コンティ大尉
4日は長すぎデスヨネー
でも……幕府の会議って色々長いし……
4日でギリギリかなって……
香山くん
ブキャナン艦長
4日でギリギリ……なの?
アダムス参謀長
3日だな。3日なら待とう
コンティ大尉
ああ……クソ長い会議のツラさはワカルカモ……
ああもう、わかりましたよ。3日後にお返事もってくればいいんでしょ。じゃ、そういうことで!
香山くん
ここまでストレートに「江戸近辺で親書受け取んねえなら攻撃すんぞ」と脅されてしまうと、もう、彼らの要求をのむか戦争かの二択しかないのかもしれない――。
黒船の偉い人たちの強気な対応に、香山くんはそう感じざるを得ませんでした。
それに相手がここまで強行的だと、実際はただの与力でしかない香山くんには、なすすべがありません。
日本の伝家の宝刀“時間かせぎ”も、3日間の猶予をもらうのが精一杯でした。
黒船軍団のジャイアニズム
もうこれ以上はどうにもならないので、話を終わらせた香山くん。
ついでなので、夜明けからずっと浦賀湾を行き来しているアメリカの小舟のことをたずねてみました。
っていうかあそこらへんにいる小船たち、さっきから岸の方までウロチョロしてるけど何してるんです?
香山くん
コンティ大尉
ああ、あれは測量してるんですよ
え、測っちゃってんの? ここの港を?
ダメダメ、それも日本の法律で禁止されてるから。もうホント勘弁してくださいよー。今すぐやめてもらえます?
香山くん
ブキャナン艦長
でもこっちも法律で決まってるんだよね。「船停めたら測る」って。だからやめらんないけど、なんか文句ある?
文句あるに決まってるでしょーが。
日本の法律でダメって決まってるんだから!
香山くん
ブキャナン艦長
うん、法律は大事だよね。だから俺たちも絶対に守る。アメリカの法律をな。
まあ、邪魔しなければ攻撃したりしないから安心してよ
邪魔したら攻撃すんのかよ!
はあ……ダメだ……これはもう俺の手には負えない……
香山くん
ブキャナン艦長
そんな心配しなくても大丈夫。
ほら、うちの小舟に白い旗立ってるでしょ。あの旗は「攻撃するつもりはないから安全だよ」って意味だもん。
このサスケハナ号もだけど、逆に旗がない時は「今来たらダメ」ってことだから。用があったら白旗立ってる時に来てね。よろしくー
ああ、白旗の意味なら知ってますわ。
次も白い旗が掲げられてる時に来ますねー
香山くん
ブキャナン艦長
あ、知ってた? なら話が早いよね。
もしも何かあって、日本とアメリカがヤバい感じになっちゃったとしても、「お話したいなー」って思ったら白旗掲げて来たらいいよ。そしたら攻撃しないからさ
いやいやいや、“何か”があったら困るから。
(なんだよ、これも脅しかよ……)
香山くん
こっちが「法律で禁止されてるから」と断っても強引に自分の要求を押し付け、自分たちは「俺たちの法律で決まってる」で通す――。
つまり“俺のとこの法律は守らせるけど、お前のとこの法律は知らね”であり、その上“俺様に逆らえばぶん殴る!”という、まさにジャイアニズムの極みです。
(この時のペリーさんたちは、当時の国際法違反をいっぱいやらかしています)
「要求を飲まなければ戦争するぞ!」という、典型的な砲艦外交でした。
江戸へ走る香山くん
奉行所に帰った香山くんは、急いで奉行・戸田氏英に報告に行きます。
3日後には黒船軍団が江戸に向かって出発してしまうかもしれないので、とにかく大急ぎです。
……って感じで、もうどうにもなんないですよ。あいつらこっちの都合とか小指の爪の先ほども考えてないっす
香山くん
戸田さん
そっかー、そりゃあもうどうしようもねえわ。
そしたらさ、今すぐ報告書作るからお前が江戸まで届けてきてよ。幕府から質問とかあるかもしんないし、3日しかねえならお前が行った方がいいだろ
ああ、そうっすね。すぐ支度してきますー
香山くん
戸田さん
疲れてるだろうけど頼むわ
黒船から戻ったばかりの香山くんは、戸田さんが急いで書いた報告書をもらうと、部下を1人連れて江戸へ向かって出発したのでした。
“諸説あり”な色々
教科書にも載った白旗伝説
この日の話し合いの時に
「国をひらいてアメリカと貿易するか、それとも戦争するか」
とブキャナン艦長から脅迫された、という説があります。
その際、降伏の合図として使えと2本の白旗を渡されたというものです。(一部の教科書にも載ったそうです)
この話には続きがあって、ペリーさんからの「貿易しないなら戦争すんぞ」という強迫のお手紙が、大統領の親書と一緒に幕府へ渡されたのだといいます。
しかもその文章は日本の古い仮名遣いで書かれており、原本は江戸城の火事で燃えて、写しの写しが残っているだけだとか。
香山くんが提出した報告書には、確かに白旗について触れられている部分があります。
ブキャナン艦長から
ブキャナン艦長
大統領のお手紙受け取ってくれないなら、浦賀がヤバいことになるかもよ? まあ、もしそうなったとしても、用がある時は船に白旗を立てて来れば攻撃はしないからね
と言われた、というものです。
そして同じ日の黒船側の通訳がのこした日記には「朝、白旗があがるまでは訪問してきちゃダメだよーと(香山くんに)伝えられた」と書かれているので、白旗についてのやり取りは色々とあったのでしょう。
ブキャナン艦長の言葉が日本に対する脅しなのは間違いないと思いますが、彼らの要求は貿易ではなく“大統領からの手紙を受け取ること”だし、そもそも白旗は降伏のサインではなく“戦意はない”という意味。
実際に、この日の夜明けから浦賀湾の測量に出ていたアメリカの小舟はみんな白旗を掲げていましたし、今まで何度も外国船に対応していた浦賀の与力たちも、黒船来航の何年も前から白旗の正しい意味を知っていました。(そういう文章が残っています)
なので「降伏するなら白旗使え」なんてことになるわけがないと思うのです。
そんなあれこれを考慮して、この記事では「たぶんこんな流れだったんだろうなー」という感じで彼らの会話を構成してあります。
香山くんはニセ奉行?
この前日、初めて黒船と接触した時に中島くんが“副奉行”だと嘘をつき、この日は香山くんが“奉行”として黒船に乗りこんだと書かれているのをよく目にします。
でも、実は香山くんの報告書や他の文章にも“奉行”だと名乗った記録はないんです。
黒船側の通訳さんの日記には「日本の通訳が、香山くんは“浦賀の騎士長”だと教えてくれたけど、それがどれくらい偉い役職なのかはわかんなかった」と書いてあり、日本側には「浦賀の応接掛長官を名乗った」という記録が残っているだけ。
なので、たぶん“浦賀の応接掛の責任者”とか“浦賀の海防のトップ”みたいな感じの役職を名乗ったんじゃないかなーと思います。
ちなみにペリーさんの日記などに書かれている香山くんの役職は「ガバナー」(今だと知事にあたります)。
おそらく日本語→オランダ語→英語と訳される間のどこかで「ガバナー」になったんだと思いますが、誰が何という単語を使ったのかは不明です。
もしかしたら、ペリーさんの日記などを日本語に翻訳する際に(中島=ニセ副奉行 → 香山=それより偉い → 奉行、というような推測・思い込みから)「ガバナー=奉行」と訳されて、“奉行のふりをして交渉にあたった香山くん”というお話ができちゃったのかもしれません。
前日の中島くんも架空の役職である“副奉行”を名乗っているので、香山くんも実際には存在しない役職を名乗ったのではないかなと予想して、この記事では曖昧な“浦賀の責任者っぽい立場”という表現にしています。
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