前話:幕末⑦ 黒船の江戸湾侵入と幕府の決断【黒船来航4日目】
- ペリーさんが乗ってない方の蒸気船が突然江戸湾へ侵入
- 浦賀や他の江戸湾沿岸の警備の人、超大慌て
- 中島くんたちが船で追いかけるも、黒船の人たち浦賀に戻るの拒否
- 香山くんが帰還して、すぐにサスケハナ号へ
- なんとか江戸湾から浦賀へ戻って来てもらえた
- 幕府の人たちも焦って、ついに親書受け取ることに決定
- 将軍に「黒船来た」って教えたら再び寝込んだ
もくじ
親書受け取りに向けて@浦賀
嘉永6年6月7日――
浦賀で親書を受け取るようにという指示が届き、浦賀奉行所はその準備にますます忙しくなっていました。
浦賀奉行の2人が親書を受け取ることに決まり、江戸にいたもう1人の浦賀奉行・井戸弘道もすでに駆けつけています。
ペリーさんご一行を上陸させる場所と、受け取るための式場を作る場所が決められ、早朝から突貫工事がはじまりました。
翻弄される香山くん
だいたいのことが決まり、ようやく黒船へ向かう香山くん。
サスケハナ号へ乗りこむとすぐに、ブキャナン艦長・アダムス参謀長との会談がはじまりました。
しかしここでまたもや問題が発生。
「親書を受け取ることになった」と報告した香山くんですが、なぜかブキャナン艦長との話が噛み合わないのです。
ブキャナン艦長
じゃ、まずその人に、このペリー提督のお手紙と、大統領からの親書を翻訳したやつ渡すからね。本物の親書の方、受け取るかどうかは2、3日以内に決めてくれる?
は? ちょっと待って。翻訳したやつだけ? 本物はおあずけなわけ? まっっったく聞いてないんですけど……
香山くん
ブキャナン艦長
えー、君に初めて会った日も言ったじゃん。まず親書はこんな内容ですよーってのを将軍に読んでもらって、それを受け取るのにふさわしい超偉い人を派遣してねって。
いやいや、初耳だから。ちゃんと超偉い人が来るから、いっぺんに渡してくださいよ。何回も行き来すんのとか面倒でしょ?(心の声:いいからさっさと渡して帰れ!)
香山くん
ブキャナン艦長
だからさー、まずは将軍にペリー提督の手紙の方メインで読んで欲しいわけ。そしたらさー……(以下ループ)
3時間経過
はあ、ちょっと1回帰って、偉い人と相談してきますわ。
香山くん
ブキャナン艦長
はいよ。早めに戻ってきてねー
がんばる香山くん
江戸から奉行・井戸さんも到着し、着々と準備が進んでいるというのに、まずは“翻訳された親書の写し”だけを渡すというブキャナンさん。
一度奉行所へ帰って相談した香山くんは、またすぐに黒船へと戻りました。
やっぱ無理っすね。
翻訳版と本物、両方まとめて渡してもらえます?
香山くん
ブキャナン艦長
だから無理だって。ペリー提督が求めてんのは、提督の手紙に対する返事なわけ。親書はその後の話なのよー
は? 俺が何しに来てると思ってんの? 親書受け取る話をしに来てんでしょーが。タヌキ親父の手紙とか知らねーわ!
香山くん
ブキャナン艦長
…………疲れたね
うん、疲れたっす。
あの、そろそろ巻きでいきません?
香山くん
ブキャナン艦長
超賛成ー。じゃあさ、「親書受け取るのはホントに超偉い人だよ」って証明する信任状、用意してよ。そしたら本物の方も一緒に渡すわ。
それくらいなら全然大丈夫っす。あ、でも親書受け取るだけで、ここで交渉すんのとかは無理だけど……
香山くん
ブキャナン艦長
受け取るだけでいいけど、将軍のサイン入った信任状、オランダ語に翻訳して先に届けてもらえる?
いいっすよ。こっちとしては明後日の朝、浦賀の海岸で受け取る予定なんで、それまでに届けますねー
香山くん
ブキャナン艦長
オッケー、これで決まりだな!
あ、待って。親書の返事なんすけど、ぶっちゃけどれくらい待ってもらえますかね?
香山くん
ブキャナン艦長
んー、たぶん何ヶ月後かに、返事聞きに戻ってくる感じだと思うよ。あと他に何かある? なければ1杯やろうぜ!
お、いいっすねー!
香山くん
解き放たれた香山くん
こうして、とりあえずではありますが、緊張感から解き放たれた香山くん。
黒船では今回の交渉役“浦賀の1番偉い人”をスペシャルゲストに、「親書渡すの決定おめでとー!」のお食事会がひらかれました。
黒船側からのおもてなしの中で、香山くんたちが特に気に入ったのはお酒。
ウィスキーにブランデー、甘いリキュールなど、今まで飲んだことのないお酒をグイグイと飲み干していきます。
堀「うわー香山さん、顔ちょー真っ赤wwww」
香山「だって、この甘い酒めっちゃうまくね?」
堀「はぁーうまいっすよねえ。しかもまたこのツマミが最高ー」
香山「ホントだ、激うま! ねえねえ黒船の人ー、これ何?」
堀「へえー。なんか豚肉からできてるらしいっすよ。そっちの酒はブドウだって」
香山「そうなんだ。……あとさー、ずっと思ってたんだけど、ブキャナンさんの月代(さかやき)ってちょーキレイじゃね? チョンマゲ結わせたいわー」
堀「ちょwwwww あれ月代じゃないからwww」
緊張感から解き放たれたついでに、ほとばしる好奇心を抑えこんでいた何かからも解き放たれてしまった香山くんと堀くん(ともう1人の通訳)。
黒船の人たちが持ってきた地球儀を前に、更に話ははずみます。
ここがメリケンでー、確かこのへんに皇帝がいるんだろ?
香山くん
んで、ここらへんがイギリスで、こっちがフランスねー
堀くん
ブキャナン艦長
Oh……意外と外国の知識あるんだねー
あーそうだ、パナマ運河(パナマ鉄道)ってもう完成したの? あと山に穴ほって道路通してるってマジ?
香山くん
あ、道路っていえば、蒸気船の陸バージョンみたいなのあるんですよね? どうやって陸走るんすか?
堀くん
アダムス参謀長
よ、よくそんなことまで知ってたね。
あ、そうだ。蒸気機関見たいなら見学していきなよー
お、これペクサン砲(ペキサンス砲)じゃん!
香山くん
ああ、あのドカーンって爆発するタマ撃てるやつっすか?
堀くん
そうそう、それー
チッ、これさえついてなければ沈められんのに(小声)
香山くん
アダムス参謀長
ちょ、ペクサン砲まで知ってんの? しかもちょっと見ただけでわかるとか、日本人あなどれねえな……
幕府は黒船の何を恐れたか
実は、幕府や現場の知識人たちが恐れていたのはこのペクサン砲。
決して黒船の大きさやアメリカの海兵たちにビビっていたわけではありません。
このペクサン砲が発明されるまで、船用の大砲は砲丸投げの玉みたいな鉄球を撃つものでした。
爆発する弾(炸裂弾)は垂直に近い角度でしか撃てないので、船には取りつけられなかったんです。
ところが黒船来航の30年ほど前、フランス人のペクサンさんが水平方向に炸裂弾を撃つ方法を考え出し、船上から炸裂弾での攻撃ができるようになります。
ちなみに日本にこのペクサン砲の情報が伝わったのは黒船来航の13年前。
その5年後には「自分で作っちゃえば良くね?」のパイオニア・鍋島直正がペクサンの書いた本を入手しています。
ペリーさんが来た時には、数門だけではありますが、すでに江戸湾の台場にもボムカノン(ペクサン砲)が設置されていたので、幕府の人たちも現場の人間もその威力を知っていたのです。
ただ鉄の弾が飛んでくるだけなら家などが壊れるくらいですみますが、飛んでくる弾が爆発するとなれば人的被害もヤバいし、何より木造家屋ばかりの日本の町に大火災がおきてしまう――
幕府をはじめとする戦争回避派の面々は、江戸湾の中から町に向かってこのペクサン砲を撃ちこまれるのを恐れたのでした。
親書受け取りに向けて@江戸
一方、江戸の町でも武士の人たちがとっても忙しく動き回っていました。
親書の受け取りが決まった昨日のうちに、主な藩主たちには
「出動命令出るかもしんないから、出たらすぐに動いて!」
「品川のあたりに江戸の住まいがある人は守り固めといて!」
というお達しが出ていましたし、旗本や御家人たちも
「すぐ出動できるように準備しとけよ!」
と命じられていたのです。
そしてこの日、とうとう幕府からいくつかの藩に出動命令が出されました。
江戸の町の様子
太平の 眠りを覚ます 上喜撰(じょうきせん) たった四杯で 夜も眠れず
という有名な狂歌があります。
高級な煎茶の銘柄“上喜撰”と、黒船の“蒸気船”をかけて、(たった4隻の船で)夜も眠れないほどうろたえている、と幕府や武士たちを皮肉ったものです。
この当時は大きな戦のない平和な日々が続いていたので、武士たちの刀は見た目重視になっていましたし、鎧などの戦支度を持っていない者もたくさんいました。
幕府は「出陣する際は火事装束(火事の時に着るもので、陣笠か兜・胸当て・手甲をつける)でも良い」と許可を出していましたが、武器や防具、馬具などを買いに走る武士たちが続出。
武具馬具屋 アメリカ様と そっと言い
という川柳が読まれるほど、戦用品が飛ぶように売れたといいます。
武装集団・長州藩
幕府から出動命令が出された時、これに一番すばやく対応したのが長州藩でした。
この時ちょうど江戸に藩主がいたため、黒船来航を知るとただちに兵を集め、武器庫をひらいて準備をさせていたのです。
この日の夜、幕府からの命が届いた時には、すでに550人の藩兵が準備を終えて待機していたといいます。
しかも「火事装束でもオッケー」という話でしたが、長州の藩兵たちはきちんと甲冑を着用。3門の火砲と100丁の和銃で武装していました。
そして夜のうちに警備を担当する大森海岸へと出発したのです。
江戸の藩邸には武器庫すらないという藩も多い中、たった5日でこれだけの装備の藩兵を編成したことは、江戸中で「長州藩すげーーー!」と評判になったのでした。
徳川斉昭の奇策
この日の夜、お手紙で約束したとおり、老中首座・阿部正弘が、元水戸藩主・徳川斉昭のいる駒込の中屋敷を訪ねました。
阿部さん
来たよー。さっそくなんだけど、先に斉昭さんの考えってやつ教えてよ。なんかすんごい作戦とかあるんでしょ?
んー、とりあえずメリケンの親書受け取んのは仕方ないとしてさー、その後の話ね。まず返事をできるだけ引きのばして、その間に海防めっちゃ強化するじゃん?
斉昭
阿部さん
ふむふむ
たぶん返事引きのばしてる間に、あいつらまた“戦争すんぞコノヤロー”とか言い出すっしょ? そしたら……
斉昭
阿部さん
そしたら……?(ゴクリ)
とっちゃえば良くね?
斉昭
阿部さん
とっちゃえって……何を?
だからあいつらの船をだよ
斉昭
阿部さん
ふ、船?
そう。黒船4隻まとめてパクる!
斉昭
阿部さん
ど、どうやって?
えーそんなの、みんなでブワーーーッて行って、ガーーーッと囲んで、グワワワワッとパクっちゃえばいいじゃん
斉昭
阿部さん
ブワーッでガーッでグワワワワッと?
うん。そしたら大砲も蒸気船もゲットで超うめえー! って感じじゃない? お金も節約できちゃうし!
斉昭
阿部さん
お、おう……じゃあそれ次の会議で検討してみるね
阿部ちゃんの手紙の“相談”ってそれのこと?
斉昭
阿部さん
まーね
阿部正弘の密談
この時の斉昭の秘策はなんと“なるべく返事を引きのばして、どうしようもなくなったら黒船を奪う”でした。
この策の良し悪しはとりあえず置いておいて、この時点で斉昭は黒船の動向やペリーさんの思惑なんかをわりと正確に予想しています(お友達とやり取りした手紙が残ってます)。
超攘夷派でありながら、ちゃんと状況を理解して「親書受け取るのは仕方ない」と柔軟に対応できる斉昭。
しかも「戦争になってもいいから追いはらえ!」という過激派も「斉昭さんが言うなら……まあ、我慢しなくもないけど……」となるほどのカリスマです。
このいかんともしがたい状況で意見をまとめていかなくてはならない阿部さんにとっては、なんとしても力を借りたい存在でした。
じゃあ“知らせたいこと”の方はー?
斉昭
阿部さん
あー、まだここだけの話にしといて欲しいんだけどね。
実は……ちょっとそのうち斉昭っちに、海防のお仕事とか頼もっかなーって思ってさ
えーお仕事って何?
斉昭
阿部さん
やだなぁ、海防掛(幕府の役職です)に決まってんでしょ
は? 俺もう隠居してっけど御三家じゃん?
幕府の要職とか普通に無理じゃね?
斉昭
阿部さん
いや、将軍もそうしろって言ってるからいけると思うんだよね。この非常事態だし、あんまモメないタイミングでネジこむからさー、そういうつもりでいて欲しいなって
あーそうなんだー。まあ一応わかったわ
斉昭
今まで多少クチは出しても公には政治に参加できなかった御三家の斉昭を、海防掛(対外国問題や海の防御を担当する)という重要ポジションにまねく――
この人事は、これから阿部さんが幕府に巻き起こす改革の嵐の、最初の突風でした。