黒船来航⑦ 黒船の江戸湾侵入と幕府の決断【黒船来航4日目】

前話:突きつけられた究極の選択【黒船来航3日目】

前話のあらすじ
  1. 香山くんが江戸に到着して幕府が会議ひらく
  2. 戦争覚悟で拒否るか、法律やぶって親書受け取るか、究極の選択
  3. 将軍は病気で黒船来たことすら知らされてなかった
  4. 老中首座の阿部さんが、超攘夷派・徳川斉昭の意見を聞く
  5. 密かに他の藩主にも出動準備しとくようにお願いする
  6. 香山くん、とんぼ返りで浦賀へ帰る

近付くタイムリミット

嘉永6年6月6日――
黒船のジャイアン軍団から言いわたされた「3日」のタイムリミットが、もう明日にせまっていました。

「親書受け取んねえなら江戸城まで乗りこむからな!」
とストレートに脅されたことで幕府の尻にも火がついているはずですが、まだ江戸からの返事はありません。
このまま明日になってしまえば、あの俺様なジャイアンたちが何をしでかすかわからない――。
早朝の浦賀奉行所には、重苦しい雰囲気がただよっていました。

浦賀の面々の悔しさ

もし交渉が決裂して戦争になったら――
もし黒船を止められず、江戸城の近くに上陸されたら――
浦賀奉行所の面々の脳裏に、とっても嫌な未来がよぎります。

この日浦賀にいた吉田松陰が、こんな話を残しているそうです。
「浦賀の町で“奉行と役人が、切腹場所となるお寺の掃除をさせていた”っていうウワサを聞いた」と。
もしかしたら、浦賀奉行・戸田さんはこの時「黒船を追い返せなければ責任をとって腹を切る」と覚悟していたのかもしれません。

そもそもこの状況は現場の人間が前々から心配していたこと。
3年も前に戸田さんが
「今ある大砲じゃ沖にいる船まで届かないし、こっちの超小さい船で外国の軍艦やっつけるなんて、ぜーーーったいに無理。江戸湾の中まで船で特攻されちゃったら激ヤバいから、日本にも海軍作りましょ?
って幕府に訴えて、あっさりスルーされているのです。

戸田さんや、香山くん・中島くんなど一部の役人たちからすれば
「だから言ったじゃん!」
「前からヤバいってわかってたのに!」

という、とっても悔しくて切ない状況でした。

黒船軍団のダメ押し

動き出すミシシッピ号

そんな浦賀の面々の気持ちなどおかまいなしで、祝砲に合図に時報にと、ことあるごとに空砲をぶっぱなし、小船を出してはそこらへんを測量しまくる黒船軍団。
苦々しい気持ちでそれを眺めていた役人さんの1人が、昨日までとは違う彼らの動きに気付きました。

役人A「なななな、なんか動いてるんだけど! ちょっと誰か来てーーー!」
役人B「なんだよ、どうし……ギャーーー! 動いてる!」
役人C「なにな……うわあ、ヤバいヤバいヤバい! 戸田さーーーーん!」

戸田さん

うるせ……ギャーーー! なんだよこれ!
おい、香山……はいねえか、誰でもいいからペルリんとこ行って「あと1日あんだろーが!」ってぶち切れて来い!

目の前には、もくもくと真っ黒な煙を吐きながら、ゆっくりと動き出す黒い巨体がありました。
ペリーさんが乗ってない方の蒸気船、ミシシッピ号です。

まるで自分の庭のようにスイスイと進む数台のボートと、それを追いかけるように江戸の方へ向かっていく1隻の黒船
そんな信じられない光景を前に、浦賀の海岸には一気に緊張が走ります。

しばらくすると、江戸湾を警備していた諸藩の人たちも異変に気付き、飛び出してきました。
測量船の行く手をさえぎるように、日本の警備船がどんどん集まってきます。
まさに一触即発の事態でした。

手も足も出ない与力たち

浦賀からもすぐに2艘の船が出発。
役人Aが通訳の人を連れてペリーさんの乗るサスケハナ号へ急ぎ、中島くんは別の通訳を連れて江戸の方角へ向かうミシシッピ号を追いかけます。

何してんの! そっち行っちゃダメでしょーが! 日本の法律無視して勝手なことばっかしてんじゃねえーー!

中島くん

黒船の通訳

いやあ、測量隊の護衛しろっていう命令だから仕方ないんだよねー。今日は戦うの禁止されてるし、別に江戸行くわけじゃないからそんなに切れないでよー

だったら早く戻って!
とりあえず朝いたとこまででいいから早く!

中島くん

黒船の通訳

やだ

ぐぬぬぬぬ、ふざけんな、戻れーーーー!

中島くん

黒船の通訳

無理

ミシシッピ号の人たち、引き返す気ゼロでした。
一方のサスケハナ号では……

役人A「話があるから乗せろー!」
通訳「親書の件の返事きくまでムリデース」
役人A「はあ? だったら今すぐあの黒いでっけえの戻しやがれ!」
通訳「それもムリデース」
役人A「だーかーらー」
通訳「ムリー」
役人A「まだ何も言ってねえよ!」

役人Aがサラッとあしらわれていました。

香山くんの帰還

その時、浦賀の海岸に救世主が姿を現します。昨日の夕方に江戸を発ち、明け方浦賀に帰りついたばかりの香山くんです。

なになになになに、どういうこと? 戦? え、違う? でもあのでっけえの、江戸方向に進んでんじゃん!

香山くん

戸田さん

香山ーーーーーー! 超待ってた!

戸田さん! この状況は何なんです?

香山くん

戸田さん

よくわかんねーけど、いきなりあの船が動き出したんだわ。中島たちが文句言いに行ったんだけど、引き返す気ゼロらしくてよー。お前ペルリのとこまで話しに行ける?

は、はい……行ってきます……一睡もしないで江戸から歩いて帰ってきたばっかりだけど……でも、行きますよ……

香山くん

救世主・香山くん

疲れた身体を引きずり、堀くんと一緒にサスケハナ号へ向かった香山くん。
幕府からのお返事を持ってくる“浦賀の一番偉い人”がやって来たため、アダムス参謀長が出てきてお相手をしてくれました。

アダムス参謀長

イラッシャイ。親書の件で来たんでしょ?
ちゃんと超偉い人が受け取ってくれることになった?

あーえっと、たぶん大丈夫かな? まだわかんないんで、明日また来ますわ。……で、アレなんですけど! なんであんなとこまで蒸気船が行っちゃってるんですかね?

香山くん

アダムス参謀長

だってもし今回ダメだったらさー、明日か次回かわかんないけど、あっちの方まで行く必要あるじゃん? だから海の深さとか測ってんの。それにここって江戸から遠いし不便だから、他に船停めれるとこも探したいんだよねー

あーもう、何考えてんですか! まだ親書受け取るかどうかも決まってないのに、コトを荒立てないでくださいよ!
そこらへんで誰かがバーンって撃っちゃったり、ズシャーって切っちゃったりしたらどうすんの?

香山くん

アダムス参謀長

それはないでしょー。あいつらにはちゃんと「日本人と絶対モメんなよ」って言っといたし

そんなもんでモメ事止められるなら戦争も起きねーわ! だいたいねー、あんたたち日本の法律スルーしすぎなんすよ。いいっすか! これ以上、日本人を、刺激すんな!

香山くん

アダムス参謀長

……お前、意外と言うねー。ちょっとだけ気に入ったわ

そんなもんどうでもいいから、早くあの黒船戻して!

香山くん

アダムス参謀長

あーあ、そんな言い方されたら「はい、戻しますよ」とは言えねえなー

カーッ、面倒くせえ! わかりましたよ。あの黒船、こっちに呼び戻してください。どうかお願いします!

香山くん

アダムス参謀長

まあ、そこまで言うなら戻してやんよ

というわけで、サスケハナ号から旗で合図が送られ、ようやくミシシッピ号が浦賀へ戻って来たのでした。

江戸城にて

幕府の決断

このミシシッピ号の江戸湾侵入は、もちろんタヌキ親父・ペリーさんの「ほらほら、ホントに江戸まで行っちゃうよー」のパフォーマンス。
そしてそれは「親書受け取るの絶対反対!」という幕府の強硬派の心をボキッとへし折ります

老中A「ちょちょちょちょちょ、黒船が内海まで入ってきたらしいよ!」
大目付「はあああっ? なにそれ、マジっすか?」
老中B「阿部さーーーーん、ゲロヤバい! 黒船がこっち向かって来てるらしい!
阿部「ま、マジか……これはもう……受け取るしかねえな……」

老中C「いーやダメだ! 外国船なんぞ打ちはら……」
阿部「あのクソでっけえのを?」
老中D「どうにかして追い返……」
阿部「あいつらの大砲の弾、海からでもここまで届くよ?」

老中C「う、受け取っちゃう?」
老中D「そ、それがいいかもね」
阿部「まあ、それしかねえだろうなー」

こうして親書の受け取りが決定。
すぐに「超不本意だけど、仕方ないから今回だけ浦賀で受け取るよ」っていう指示書が用意され、待機していた香山くんの部下がそれを持って浦賀へと走ったのでした。

将軍・家慶の動き

この日、ちょっとだけ元気になって大奥で能の催しを見ていた将軍・家慶
「あのー、とうとうメリケンの艦隊が来ちゃったんですよー」
と衝撃の事実が伝えられました。

それを聞いた家慶は
「あ……なんか熱出たかも……」
と再び寝込んでしまい、今回の件についての意見をたずねる阿部さんに
「斉昭に相談しろ」
とだけ言ったそうです。
(元水戸藩主・徳川斉昭は誰もが知る超攘夷派なので、家慶の本心もそっち寄りだったと思われます)

そして将軍・家慶の意向もあってか、この日も阿部さんと斉昭の間ではお手紙が交わされていました。

斉昭「手紙じゃうまく言えないし、何なら明日にでも江戸城行くよー。多少考えもあるから、阿部ちゃんや他の人ともちゃんと話したいんだよね」
(――翌朝――)
阿部「ちょっと今日の仕事終わったら斉昭っちの家行くわー。知らせなきゃいけないことと相談があるから、おうちにいてねー

阿部さんはこの時、本来ならば政治にはかかわれないはずの御三家・斉昭を、幕府の重要ポストにまねくと決意していたのでした。

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黒船来航⑧ 親書受け取り前のあれこれ 【黒船来航5日目】